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雲界迷宮街の片隅遊戯迷宮

 
31
 
2019年、これで一番思いつくのはあの大友克洋の漫画で1988年に劇場で公開されたアニメ映画「AKIRA」の舞台となった年で東京がネオ東京という都市として存在したという年。
進化した街の裏でスラム化した場所がいくつもあり、落書きもいたるところにあったり、看板に「翌年(2020年)東京オリンピックを成功させよう」とあったり、実際2020年に本当に東京オリンピックが開催されることになったが。
しかし、あの映画の2019年のネオ東京はディストピアそのもの、その部分はリアルに合致していると思っている。

ディストピアジャパンといい、家庭が機能不全家族化したといい、全てに失望した年だった。
新元号もはっきり言って自分には何の魅力も感じなかったし、30年前の「平成」で自分が初めて新しい元号を見た時はウキウキワクワクしていたのに、今の「令和」というものには何も感じない、令和ありきで全部胡麻化したようなやってられなさで頭が重い。
そもそも今年の漢字が「令」という時点で、あああ、令和で全部片づけてしまうんだなぁと感じずにはいられなかった。

僕のtwitterの使い方もその分かなり荒々しくなっていったし、自分の親が今まで生きてきた中で最も情けなかったという失望、自分が本当に人として生きているのかすら疑問符がついた。
それでも、DTMやボカロ制作をやめなかったことだけは自分の存在がまだ生きている証なんだなと思っている。
自分が死ぬほど最悪としていた昨年は15曲を発表、今年は18曲を発表した。
しかし、家庭の事情が少なからず自分の生活に枷をはめたことは間違いないし、その中でよく18曲作れたと正直驚いている。
自分の父がいよいよ死期が迫りつつあるという状況、今年あの俳優の梅宮辰夫さんが亡くなったニュースで死因を知った時、それが自分の父の最期を投影しているような気持ちになった。
それ以来、食事も生活も全部振り回される有様で、喧嘩の絶えない日々が続いた。

僕は、「これが最後です」とか「ボカロ活動やめます」なんて宣言はするつもりはない。
だから、自分の変化は人からは多分見えないだろう。

そろそろ、ボカロについての話に話題を変えるとして。
今年のボカロで最も大きなことといえば、中国でバーチャルアイドルとして愛されてきた中国の初音ミクこと洛天依をお迎えしたことだと思っている。
当初は、中国生まれの中国育ちで中国独自の文化の象徴だと思われていたが、日本でもそれを日本語でしゃべらせたり歌わせたりする動画がちょくちょく見られた。
そんな中で、もともとVOCALOID3として登場した天依ちゃんのVOCALOID4版がリリース、さらに日本語ボーカルライブラリの発表、またイラストがかなり美人なものになっていて惹かれつつあった。
そして、日本語版で天依ちゃんの新しいイメージビジュアルを見た時「ドキッ」とした。
TIDさんのデザインは本当に美しい、惹かれずにはいられなかった、そしていつかお迎えしたいとまで思った。
中国のVOCALOIDだけあって、普通の方法で入手するのは困難だと思われた矢先に、YAMAHAがVOCALOID5を発表、その時ちょっとその情報を見るためにYAMAHAのサイトに移動してみると、追加ボイスバンクの欄に天依ちゃんが陳列されていたのを知ってびっくり、これはお迎えすることが可能になったという証以外の何物でもない、そうして一気に関心が傾いた。
そして、今年の1月14日に本当にお迎えすることになった。(因みに、処女作は1月22日に発表)
そして、今年最もオリジナル曲を多く制作したのも天依ちゃんの作品で、今年だけで4作も制作している。
今年のボカロは、まさに僕にとっては天依ちゃんの天依ちゃんによる天依ちゃんのための年といっても過言ではない。
来年は、デュオやトリオといったユニット作品もやってみたい。

その他のことで今年の僕の大きく変わったことといえば、長年使っていたガラケーとおさらばし、スマートフォンデビューしたことくらいだろうか。
今年の年越しをどんな形で迎えるかはちょっと決めかねているが、そろそろこの辺で止めておこうかと。

皆さん、どうかよいお年を・・・




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27
 
鏡音誕生祭2019
鏡音誕生祭2019

鏡音リン・レン12周年の誕生祭。
今年は、リンレンにとって特別なニュースもある。
それが、明治安田生命が発表した今年生まれた子供の名前ランキングで男の子が「蓮」(れん)、女の子が「凛」(りん)がそれぞれ1位だったこと、当然のことながら鏡音リン・レンを連想した人は少なくなく、時代がボカロ世代に追いついたとまで言われるほどだ。
鏡音が出てくる前までは、「凛」といえばFateの遠坂凛が第一に浮かび上がった。
今では、デレマスの渋谷凛、ラブライブ!の星空凛というのもいるが、やはりボカロをやるようになってからは、鏡音抜きでは絶対に考えられない。
ちなみに、僕の鏡音処女作のタイトルは「凜」だけど。




鏡音誕だけど、今回は鏡音リンのソロ作品を制作。
ソロでの作品は3年前の「恋はFuture Style」以来で今作で9作目となる。
そして、前作に続いて大人リン作品。
MMDを使用し静画形式で動画を制作したが、ここでのリンは美人でナイスバディなお姉さんリンで、前作から続投という形になった。
今作の舞台は「死後の世界」、リンは天上界の住人という設定となっている。
そして、唄ってはいないがレンも登場する、それも少年のレンとして。
今作は地上界で理不尽に殺されたり死(自殺や過労死など)に至らしめられたりした人が続出し、その中に含まれる青年という設定となっている。
そしてそれまでに傷つけられた体や心、そして表に出せずに溜め込んでいた悲しみをリンの前で全て解放する。
それに至らしめた地上(下界)の構造は、まさにリアルそのものだ。
歌の最初の部分がそれを物語っている。
例えば、このフレーズ。
「清らかな魂の上を歩く肥えた馬と鹿たち」
「清らかな魂」は、真面目でルールを守り、そのために常に努力を怠らず、自ら最善の答えを見出しつつその対価を正当に支給されながら生きる人々、社会でいう真面目な社員(従業員)を意味している。
そして、「肥えた馬と鹿たち」とは自分が一番偉い立場という意味をはき違えてぬくぬくとお偉方の椅子に座っていてそのうち体も肥えていって、そこで従事している真面目な人々の行いに対して正当に評価するだけの器もなければ能力もなく、自分の地位を利用して私服を肥やしている上層部の人間という意味、馬と鹿という表現はまさに「馬鹿」を意味しており、それが器のなさという意味、いわゆるブラック企業のお偉方を意味し、次のフレーズの「身に纏った金箔」というのはそうやって私腹を肥やした姿、「ストンピングする」は、パワハラのような意味として表現した。
もちろん、このブラック企業の上下関係以外の表現としても当てはめることはできる、恐怖政治や毒親家庭などもこれに当てはめられると思っている。
このような背景を描いたのも、自分が実際にそれを思い知ったからであって、今となってもそういった「上に居座る馬鹿」という存在が日に日に許せなくなっていく、何度も何度も復讐したい、殺してやりたいと思ったくらい腸が煮えくり返る感情がそうさせたと思っている。
でも、どこかにそんな理不尽に傷つけられたことに対して「救済」を施す存在がある、それが今回のリンである。

あと、タイトルについて触れておくとすれば、ラストでリンはレンの頬にキスをする。
美しくて素敵な女性から頬にキスをされるということが、「救済」といえるほどの心の癒しになれる、そんな思いでメインタイトルとした。


最後に、今月も4曲もの作品を制作し、そしてすべて午前0時に公開できたことにほっとしている。(YouTubeは一部例外があるが)
今年は家庭崩壊(機能不全家族)という枷がはめられた状態だけに奇跡としか思えない。
ただ、だからといって「ボカロをやめる」宣言をするつもりは毛頭ない(したところで何の意味もないから)。




 
24
 
24日です。クリスマスイブです。
でも、何か実感がわきませんねぇ。
家庭の事情といい、ヘルジャパンといい、笑顔で笑ってクリスマスを満喫するなんてのはもう過去の話になりつつある。
クリスマスプレゼントもなければ、サンタクロースが現れるわけでもない。
twitterを見ると、イブを満喫できるような空気なんて全くといっていいほど存在しないという現実。

それでも、クリスマスチキンくらい食べたから、ロイヤルホストでチキンのジューシーグリルを食した。チキンのジューシーグリル
ミクリンとクリスマスディナー in ロイヤルホスト(1)
ミクリンとクリスマスディナー in ロイヤルホスト(2)

クリぼっちだから、こんな形でロイヤルホストに。
バター醤油ソースってのが魅力的だったし、ここでは結構定番的位置づけだが、ビフテキが高いからかな。
今、結構節約に追われてることもある。

では、本題へ



よく、夜のファミレスからの帰りに見上げると空が澄んで見えることがある。
これが冬空の特徴なんだなと。
ただ、そんな大人しい内容とは真逆に今作はEDMに仕上がっている。
このあかり・ゆかり・CULのユニットの前作もそうだったが、今作は寒い冬の夜という表現をするにあたって、動画面でこだわりたいことがあった。
それは、露出度を極力少なくすることだった。
紲星あかりちゃんはもともと露出度はデフォルトは顔と両手の指だけだから問題ない、結月ゆかりさんはVOCALOID4の穏モデルを使用(声は凛だが)、そしてここで悩んだのがCULだった。
CULの場合、コートを纏っているとはいえ、完全に閉じているわけでなく露出度も高い。
CULの元祖版も太ももの部分が露出しているのでいかがなものかと思った。
ところが、MMDのモデルを探していると、このモデルを主に制作しているキオさんのモデルに振り袖モデルがあることが分かったので早速ダウンロードして使用した。
これなら、肌をほとんど晒すことなく冬の夜に存在するという表現で違和感がないし、和服ということで姿勢もかなり上品なものにしてみた。

そうして、3人が並んで立っているという構図ができた。
ちなみに、ボカロ曲前作である天依ちゃんの「遠い夜明けを待つこの地で」で使われた親水公園が今回も使用されている。
そして、都市の中の公園という設定表現は前作と大きく異なっている。

今年は、もう1作年内の制作予定があるので、今回はここまで。
 
23
 


タイトルに「夜明け」が入っているのは、ちょっとスターウォーズを意識した?
まあ、この日は実際、スターウォーズ最新作の「スカイウォーカーの夜明け」が公開開始だし、まだ見ていないが年内には行こうと思っている。
ここでいう「夜明け」とは、ディストピアからの解放という意味と思うといいかもしれない。
希望をなくし、自ら命を絶つ人が後を絶たない、彼らはこうでもしないとディストピアという鳥籠から解放されないというふうに絶望している。
そんな絶望は僕自身そうであったし、なのにまだ生きている、いや生き恥を晒し続けていると言った方がいいかもしれない。
ボカロに出会ってしまったことが未練を生んでしまったんじゃないか、それ以前にずっと慕っている存在がいる、だから生きたいのか死にたいのかという狭間で拷問のような毎日を送っている。

今作は、天依ちゃんで作ろうと初めから決めていたし、その天依ちゃんに「大切な人を想う」という気持ちを代弁してもらおうと思っていた。
今年(厳密には昨年末)お迎えして、今年最初の作品が天依ちゃんの僕としての栄えある第1作目である「Heat Body Lover」の公開、今年一年だけで天依ちゃんの作品を今作を含めて4作も制作した。

今作は、この4作で最もテンポが遅いバラード系の作品となったが、「私」「あなた」というフレーズがやたらと出てくるところが本作の本質を表していると言える。
あの人のいない世界なんて、滅亡させる以外にないというくらい心の中はあの人でいっぱい。
もし、この世から去っていたとしたら、それを知ってしまったら、もう再起不能になるかもしれない。
誰だって、大切な人(好きな人)がいてそれが帰らぬ人となったら、その悲しみはあまりに大きすぎるだろう、誰かが胸の中に抱き込んでその涙を受け止めてあげられたら、そんな気持ちが心から離れない。

だから、そんな思いをいつかは歌という形にしておきたい、そう思った次第である。
 
04
 


このシチュエーションはいろいろな形で目の当たりにしてきた。
映画だと、韓国の戦争映画「ブラザーフッド」が思い浮かんだ。
兄のジンテと病弱ながら戦地に駆り出された弟のジンソク、弟を家族の元に帰したい一心で敗北寸前の韓国軍を攻勢に転じさせてけん引してきた兄が得たのは親族を殺されるという理不尽な仕打ちだった。

ゲームだと、今まで長年にわたってプレイしている「真・三國無双7Empires」があるが、やればやるうちにこのゲームに1つのテーマが設定されているという印象が浮かんできた。
その印象というのは、「ディストピアジャパン」という荒廃した世界の産物ともいえる「ブラック企業」だ。
まず挙げられるのが、プレイヤーが非君主でどこかの勢力に所属している場合、君主でちゃんとした判断の出来る者がほとんどいないということ。
まず、他勢力との戦闘で勝利して捕縛した敵将を片っ端から登用する、これにより勢力内の人材があっという間に飽和状態になり自制力の勢力資源が圧迫されて毎月の給与を払うと収支がマイナスにすぐなったりする。
そして、エディット武将の台詞にもそんなブラックな仕事に悩まされている面が垣間見えている。
例えば
「失敗も大目に見てくれる度量の広い人……。どっかにいないかなあ……」
「わたしってば働きすぎですよねー?ってことで、休憩入りまーす」
って台詞があるように
何度もやっているうちにだんだんそういった社会の闇を感じてしまう。
そして、最近では自分で作ったシナリオで自分だけ勲功を上げまくってるのに出世するのはNPCばかり、心が折れて独立とか下野なんて展開までさせられる始末でこの辺りにも自分だけが骨折り損のくたびれもうけになってしまったりする。
あと、そのゲーム開発陣にしてもやはりリーダーが無能なばかりに自分の仕事が過小評価されるとかストレスが無駄にたまるとかあったんだろうなぁとも感じてしまう。

このように、正当に評価する器のない「バカ」が上層部にウヨウヨいるとか、そいつがワンマン経営している会社とか、真面目にやるのがバカみたいといわんばかりのディストピアの中にいる、そう感じずにはいられない。
自分自身もそんな境遇のようだし(勤務量こそ大したことないが)。
それよりも、今の生活の境遇で自分がいくら手を尽くしていも親が全然それに応えてくれない、まして依存状態になって自分の存在まで疑問を感じるようになったのが決定打になってしまった。

だから、いつかはこういった努力が実を結ばない、どれだけ頑張っても結果論で達していなければ戦犯のような扱いを受けるとかそういった理不尽に対して何か語りたかった、だからこの作品をいつかは作ろうかと思っていた。

Bandlab版のcakewalkにプラットフォームを移しての2作目になるが、まだまだ使い慣れない面は否めない。
それでも、楽曲を何とか完成させた、ただ歌詞がすぐに閃いたためか、余裕で曲は完成形になったが、動画を作ろうとしたところでまた毒親の暴走で1日滅茶苦茶にされて作業すらできなかった。
当然、その日も毒親デスノートに投稿したが。

動画は、MMDを使用したがPCが修理から戻って初めてMMDを使う訳で元の使える状態にする作業が必要になった。
今回は、mikiが心に安らぎを与えるような位置づけにした。
mikiの前作では、特殊な閉鎖空間にいたために何もできなかった悲しみが描かれていたが、今回は実際に抱いて泣いているように何かをしてあげていることになっている。
そして、その相手を誰にするかが大いに迷った。
MMDで「普通の男性」というのは見つからなかったし、ボカロの男性キャラは今回どうしても遠慮したかったというのもあった。
なので、思い切って女性を充てることとし、その相手として選んだのが、アイドルマスターの如月千早になった。
千早を選んだ理由は、アイマスのアニメを見たことがきっかけだったが、その境遇はかなり絶望的、破滅的、孤独といったもので、とてもしっくりくるようだった。
そんな彼女が、絶望的境遇に死に物狂いで抗って果てた姿をmikiが涙を流しながら抱いている、そんなシチュエーションになった。
これを視点を切り替えながらの静画形式で動画化した。

今回、mikiの誕生祭作品となったが、実際はAHSの5キャラクター(他に、氷山キヨテル、歌愛ユキ、月読アイ・ショウタ)が同時にこの12月4日が誕生日となっている。
僕の場合は、今月22日の結月ゆかりと紲星あかりが控えているわけだが、12月はAHSキャラの誕生日が本当に多いんだなと思った。



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プロフィール

夢永美朱

Author:夢永美朱
趣味は映画・音楽鑑賞(制作)とテレビゲームです。
ニコニコ動画で「夜色P」というP名を命名して頂きました。
宜しくです。

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http://twitter.com/miakayumenaga

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